すぐ分かる!駒井ハルテック入門

「駒井ハルテックってどんな会社?」 が
あっという間に解消!
わたしたちのこと、
分かりやすく紹介します。

#01 事業の紹介

  • 橋梁事業

    業界トップクラスの
    橋梁メーカー!

    とてつもないスケールの構造物の設計から製作、現場施工までをやりとげる精鋭集団です。明石海峡大橋をはじめ、数々の長大橋を手掛け、施工実績は国内トップクラス。

  • 鉄骨・鉄構事業

    数少ない「Sグレード」
    認定工場!

    鉄骨製作工場は、製作能力や工場設備などに応じてランク(=グレード)がつけられています。
    【グレード(下から)】 J ⇒ R ⇒ M ⇒ H ⇒ S
    日本鉄骨評価センターによる、Sグレード認定工場は、全国に10社(15工場)しかありませんが、このうち、駒井ハルテック(グループ会社含む)は3工場を有します。

  • 環境事業

    持続可能な社会を
    目指し風車を開発!

    数々の長大橋の建設をはじめ、超高層ビル向けの高度な鋼構造物技術のノウハウを活かし、風車KWT300を開発。
    駒井ハルテックは“持続可能な社会”の実現を目指し、風力発電のトータルソリューションを提供します。

#03 売上高の推移

売上高430億円

  • 2019年 44,002百万円
  • 2018年 36,310百万円
  • 2017年 36,468百万円
  • 2016年 36,739百万円
  • 2015年 41,264百万円

#04 社員数・新卒社員の構成

社員数560名

男性 476名・女性 84名(2019年3月末現在)

2015年度入社 17名 / 2016年度入社 12名 / 2017年度入社 16名 / 2018年度入社 12名 / 2019年度入社 14名

#05 社員から見た「ここがいい!」

  • 仕事に対する
    当事者意識が
    とにかく強い!

    自分はどう思っているのか、どうしたいのか。その理由は? 自然と当事者意識がつき、どんどん周りを巻き込んで進めるようになっていく。それが当たり前の雰囲気を作り出しています。

  • 若手が活躍で
    きる!
    積極的に
    挑戦できる場

    いま企業に一番大事な財産は「人=人材」。時代の変化に素早く対応する力は、上司も若手も関係ありません。若手も積極的に考えを発信し、企業を動かすくらいの気概で頑張っています。

  • 仕事だけじゃ
    ない!
    遊びも
    ガンバル会社

    仕事では徹底的に考え、いい物ができるよう試行錯誤する。インフラ整備・経済の活性化・安全・安心な暮らしに寄与する。でも、仕事だけじゃ面白くない!遊ぶときは徹底的に遊びます。

  • インターンシップ サイト

#06 沿革

  • 創業

    旧 駒井鉄工株式会社
    明治16年(1883年)建築金物商「駒井喜兵衛商店」創業

    旧 株式会社ハルテック
    大正10年(1921年)春本利作が建築金物加工の請負業を創業

  • 建築金物商から
    鉄骨メーカーへ

    旧 駒井鉄工株式会社
    昭和18年(1943年)株式会社駒井鐵工所を設立

    旧 株式会社ハルテック
    昭和16年(1941年)株式会社春本組を設立

    初代通天閣
    1912年(明治45年)
    大阪城天守閣
    1931年(昭和6年)
  • 動き始めた
    鋼の匠たち

    国鉄の単純トラスや地方山間の小規模な橋梁。
    当社の歴史は、そうしたものを一件ずつ必死で受注し、丹念に製作し「実績」をつくることから始まった。

    加太電鉄(現、南海電鉄加太線)紀ノ川橋梁
    1914年(大正3年)
    東海道新幹線大井川橋梁
    1962年(昭和37年)
    京都タワー
    1963年(昭和38年)
    大阪万国博覧会展示館
    1969年(昭和44年)
  • 集大成された
    橋梁技術

    本州と四国を3つのルートで結ぶ世紀の大プロジェクト、「本州四国連絡橋」。
    世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」を含めて海をまたぐ長大橋が数多く建設された。まず参画するための努力があり、次いで精密機械並の精度で製作する苦労があり、施工でも前代未聞のスケールならではの困難があった。
    橋梁事業についての詳細はこちら

    南備前瀬戸大橋
    1984年(昭和59年)
    明石海峡大橋
    1998年(平成10年)
  • 首都圏で一流の
    鉄骨メーカーに

    今でこそ数々の超高層建築の実績を持つ当社だが、初めて幹事会社として工事に参画したのは昭和54年のこと。
    実績づくりに知恵をひねり、工場ラインの改良に取り組み、小さなチャンスを大きく広げていった。鉄骨部隊の熱意がやがて結実し、日本を代表する超高層建築を次々と手掛けるようになった。
    鉄骨・鉄構事業についての詳細はこちら

    東京都第1本庁舎
    1988年(昭和63年)
    大阪ワールドトレードセンタービル
    1991年(平成3年)
  • 日本の風を
    未来へ運ぶ

    本州四国連絡橋など長大橋や超高層ビル向けの鋼構造物の経験を活かし、風力発電システムの計画から設置、メンテナンスまでを含めてトータルにサポート。
    日本の地形や気象条件に対応した300kW風力発電機「KWT300」を開発しました。
    環境事業についての詳細はこちら

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